【イベントレポート】日本の食の技術は世界で稼げるか——行政・スタートアップ・商社が語った、フードテック実装の現在地

気候変動や人手不足で食をめぐる前提が揺らぐなか、植物工場や陸上養殖のように、環境制御とエンジニアリングで「つくる場所」への依存を下げる技術に注目が集まっています。
2026年9月28日、MIRAI LAB PALETTE(以下、PALETTE)で、日本成長戦略の17分野を1回に1分野ずつ扱うシリーズ「SKETCH GROWTH」の第2回が開催されました。テーマはフードテックです。行政、スタートアップ、商社、JAグループが語った実装の現在地を報告します。
国が「勝ち筋」を絞り込んだ4つの領域

SKETCH GROWTHは、政府が成長戦略で重点投資の対象に定めた17の分野を毎回一つ取り上げ、有識者や最前線の事業者と参加者が対話しながら成長の道筋を描くシリーズです。第2回は、JAグループの全国8団体が共同で開設したイノベーションラボ、AgVenture Labとの共催で実施されました。
キーノートに登壇した農林水産省の古庄宏忠さんは、まずフードテックに取り組む理由を説明しました。気温や水温の上昇は、すでに米の品質低下や漁獲量の減少として表れています。農地の生産性を高める努力は続けつつ、それを補う技術で食料を安定的に確保し、農家や食品産業が稼げる形をつくって経済成長につなげる。これが同省の基本的な考え方です。
一方で、フードテック関連の投資はここ数年伸び悩んでいました。そうしたなかで成長戦略の17分野の一つに選ばれたことは、大きな転機となっています。古庄さんによれば、今回の特徴は「広く公平に」支援する従来の政策とは異なり、日本が強みを発揮できる領域に絞り込んだ点にあります。すぐに市場へ乗せられる「フロントランナー」として植物工場と陸上養殖を、次に伸びる「セカンドランナー」として食品機械と新規食品を位置づけ、2040年に向けた目標を掲げました。新規食品を例に挙げると、現在3,000億円に届かない規模の市場を、およそ15年で売上を3兆円規模に広げる構想です。
支援の入り口として、古庄さんは産学官が参加する「フードテック官民協議会」や、テストマーケティングを後押しする事業を紹介しています。そのうえで「国に支援してほしい取り組みがあれば、大小問わず声をかけてほしい。来年度、再来年度の予算に反映していきたい」と会場に呼びかけました。
天候にも場所にも左右されない生産へ

続くピッチでは、成長戦略の4領域それぞれに取り組むスタートアップ4社が登壇しています。
HarvestXの市川友貴さんは、植物工場でイチゴを育てるための受粉ロボットから事業を始めました。屋外ではハチが担う受粉も、閉ざされた工場の中では簡単ではありません。人の手による受粉の成功率が6〜8割とされるなか、同社のロボットは数年単位の実績で97%を維持しているといいます。市川さんは、2020年の創業当時は「フィジカルAI」という言葉はなかったものの、工学の技術を農業に持ち込む取り組みはまさにそれだったと振り返りました。
同社は自らイチゴを生産して売るのではなく、苗から生産設備、運用支援までを企業に提供する「メーカー」の立場を取ります。強みはデータの活用で、同じ設備でも蓄積したデータを生かすことで、収量が3か月ごとに約5%ずつ伸びているといいます。2027年ごろには収穫なども自動化し、1年以上にわたって人手をかけずに生産を続けられるようにする計画です。イチゴで確立した技術は、トマトなど他の作物にも広げていく考えです。

陸上養殖の株式会社ストラウトの平林馨さんは、まず業界の課題を整理しました。海での養殖は水温の上昇や赤潮の被害に苦しんでおり、陸上に移せばその影響は避けられます。ただし陸上養殖には、大きな初期投資、担い手の不足、突発的なトラブルへの対応という課題が残ります。
平林さんは、70年続くニジマス養殖の家業で培った現場の知見とAIを組み合わせ、静岡でカワハギを年間約6万尾生産しています。平林さんが強調したのは、同社が特定の製品を売る会社ではなく、生産から販売までを一体で回す会社だという点です。長年の取引で販路を押さえてきたことで、カワハギは1キロあたり6,000円で販売できるまでになりました。品質を証明して価格を上げ、利益率を高めることで、陸上養殖の重い初期投資を回収できるモデルをつくっています。
遊休地に養殖場をつくって運営を引き受け、収益の一部を土地の持ち主に還元する仕組みを軸に、同社は現在ブータン、台湾、インドネシアで案件を進めています。「日本の養殖技術は、海外に出てもかなり優れている」と平林さんは語り、2031年の株式上場を目標に掲げました。
食料をつくる仕組みと、届ける仕組みを組み替える

新規食品の領域からは、株式会社ディッシュウィルの中村明生さんが登壇しました。同社は植物工場で大豆を育て、原料から最終製品のプラントベースフード(植物性の代替食品)までを一貫して手がけています。
中村さんの問題提起は、足りないのは世界の食料ではなく、それを生産できる能力だというものです。砂漠の真ん中でも食料をつくれれば、周辺の国々へ供給できる。担い手の減少と高齢化が進む農業を「自然産業から製造業へ」変え、続けられる産業にしたいと語りました。製品はすでに都内の高級ホテルに採用されており、選ばれる理由は「おいしくて安い」ことだといいます。目指すのは食料を売るだけの会社ではなく、生産設備ごと海外へ輸出できる「食料生産の標準」をつくる会社です。

AUDERの伊藤大平さんは、生産と販売をつなぐ流通の課題を取り上げました。食品を扱う物流センターのコストは9割以上を人に頼っています。運送会社の多くは中小企業で自動化への投資が難しく、とくに生鮮品の現場では、ファクスや紙の伝票でのやり取りがいまだに残っているといいます。
同社が提供するのは、紙の発注書や送り状をデータに変え、荷物にQRコードなどの目印を付けることで、スマートフォン1台で検品できる仕組みです。画像認識でまとめて検品する方式を導入した長野県の高級スーパーでは、1店舗あたり40分かかっていた作業が5〜10分に短縮されました。検品したデータを生産者から小売店まで引き継ぐことで、同じ確認作業を何度も繰り返すムダをなくすことを目指しています。
実装を阻む壁は、エネルギーと資金と時間

後半のパネルディスカッションには、古庄さんと平林さんに加え、AgVenture Lab専務理事の小里司さん、住友商事 海外・次世代食料ユニット長の村木祐介が登壇し、AgVenture Labの上岳史さんがモデレーターを務めました。
陸上養殖の現在地について、平林さんは、需要の高まりを受けて世界の養殖は成長を続けていると指摘しました。内陸国のブータンでは、ニジマスの養殖を輸出産業として育てたいという国の思惑があり、隣国インドという大市場も視野に入ります。現地ではサーモンが日本の2倍以上の価格で売れているといいます。
一方の植物工場は、成功例が少ない領域です。村木は、2017年ごろにシリコンバレーで世界中の投資家が植物工場に資金を投じ、その多くが姿を消していった様子を目の当たりにしました。それでも、気候変動のもとで安定した食料生産を担う取り組みは誰かが進めなければならないと考え、住友商事はHarvestXなどに出資しています。産地が限られる作物や希少な作物のように、高い付加価値が認められる市場に勝ち筋を見いだす考え方です。
全国農業協同組合連合会(全農)で植物工場の検討に携わった経験を持つ小里さんは、照明や空調に使う電気代などのエネルギーコストを計算すると、どうしても採算が合わなかったと率直に語りました。冬でも露地で野菜が育つ日本で、あえて植物工場で競う必要があるのかという問いも投げかけています。そのうえで、植物工場をきっかけに地熱や小規模な水力など、地域のエネルギーを生かす研究が進めば、両方が前に進むのではないかと述べました。
資金の壁も具体的に語られました。平林さんによれば、自社の仕組みが本当に機能することを示すには、小規模でも商業生産の実績が欠かせません。その設備投資を支える補助金は、事業費のうち国などが負担する割合が低いと、手元資金の少ないスタートアップは申請すらできないといいます。平林さんは、事業費の8割を補助する沖縄県の制度を活用したことで、システムの改善や新たな養殖品目の開発が大きく進んだと話しました。
行政の側でも見方が変わりつつあります。古庄さんによれば、新規食品などは長くコストが合わず、売上を確保しにくい状況が続いていました。ところが物価が上がったことで代替的な手段のほうが割安になり、企業向けの取引で軌道に乗り始めた例が出てきたといいます。見通せなかった技術が状況の変化で急に市場に乗る以上、多くのプレイヤーが挑戦できる環境をつくることが大切だと古庄さんは語りました。
時間の壁もあります。上さんは、製造業なら年に何千回も試作できるところ、農業の実証は作物によっては年に1回しかできないと補足しました。村木は、足元の収益を稼ぎながらも、5年後、10年後に戦うカードを持つために、腰を据えた研究開発を続ける必要があると語っています。
大企業とスタートアップが出会う場として

次の一手を問われた小里さんは、スタートアップは自社だけで完結させるより、大企業や異分野のスタートアップと組むほうがうまくいく場合が多いと語りました。平林さんは、現場の熟練者が培ってきたノウハウをAIに学習させ、日本の生産技術を世界に広げていきたいと意欲を見せています。
締めくくりに古庄さんは、捕獲したシカやイノシシの多くが食肉として活用されずにいる現状などに触れ、日本には生かしきれていない地域の資源が多いと述べました。そのうえで「人口減少は暗い道筋で語られがちですが、裏返せば一人当たりの資源は増えます。人は減るけど資源は増える。それを解決するのがテックです」と語り、会場に協働を呼びかけました。
モデレーターの上さんは、イノベーションという概念を広めた経済学者シュンペーターが、晩年には大きな組織が加わらなければ社会は変わらないと考えるようになったことを紹介し、この場で多くの出会いが生まれることへの期待を語って議論を締めました。
行政、スタートアップ、商社、JAグループという立場の異なるプレイヤーが、同じテーブルで勝ち筋と壁を語り合う。この日のPALETTEは、フードテックの実装に必要な出会いを生む場として機能していました。交流会では、ディッシュウィルのプラントベースフードを試食しながら、登壇者と参加者が名刺を交わし、それぞれの現場の課題を語り合う姿が見られました。
成長の描き方に、正解はまだありません。それでも、描くための材料と仲間は、確かにこの場に集まっていました。



