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「ずっと暗黙知でした」——立ち上げ期から見守ってきた元住友商事CSO・住田孝之さんが、いま言葉にするPALETTE

9月7日
読了時間: 12分

MIRAI LAB PALETTE(以下、PALETTE)は、2019年4月の開設から8年目を迎えました。立ち上げの時期からこの場を支えてきたのが、2026年3月まで住友商事の専務執行役員 CSOを務めた住田孝之さんです。経済産業省時代からイノベーションの「場」づくりに携わり、現在は日本製紙連合会の理事長を務めています。経営の立場から見たPALETTEの価値と、いまも通い続ける理由を聞きました。



場が成功する3つの条件を、すべて満たしていた


――住田さんがPALETTEの存在を知られたのは、住友商事にいらしてからでしょうか。


左から、住友商事 MIRAI LAB PALETTEチームリーダー 廣畑純平、日本製紙連合会理事長 住田孝之さん、社内連携担当 奥田ゆり、コミュニティマネージャー 鎌北雛乃
左から、住友商事 MIRAI LAB PALETTEチームリーダー 廣畑純平、日本製紙連合会理事長 住田孝之さん、社内連携担当 奥田ゆり、コミュニティマネージャー 鎌北雛乃

住田さん:そうですね、来てからです。当時のPALETTEは、まだ向かい側の、住友商事の本社が入る建物の地下2階にありました。なかに階段があり、あれはすごくいいなと思ったのが第一印象です。もうひとつ驚いたのは、住友商事に来る直前まで内閣府でまとめていた報告書「ワタシから始めるオープンイノベーション」を読んでくださっていた方が、社内にいたことです。その方が、PALETTEのファウンダーのお一人(西野 修一朗)でした。



大手町プレイスの地下階にあったPALETTEの一室
大手町プレイスの地下階にあったPALETTEの一室


鎌北:住田さんが初めてPALETTEにいらした日のことは、いまも覚えています。まだフェーズ1(大手町プレイス時代)の頃で、当時は顧問というお立場でした。


――場づくりへの関心は、もっと以前からお持ちだったと伺いました。その構想と、立ち上がったばかりのPALETTEはどう重なって見えましたか。


住田さん:2006年から2007年ごろ、オープンイノベーションの場づくりを政策として応援したいと動いていました。その後、当時の仲間と15年ほど前に、イノベーションセンターやフューチャーセンターを持つ企業が集まるFCAJ(フューチャーセンター・アライアンス・ジャパン)をつくり、その活動を通じて国内外の拠点もずいぶん見てきました。


ただ、場そのものを見るだけでは足りません。誰がどういう考えで推進しているのかが大事です。当時から、場が成功するポイントは3つあると考えていました。1つは場としての面白みや魅力、2つ目はテーマ設定が明確で、それを経営層と共有できているかどうか、3つ目は人を集める魅力を持ち、コーディネートしていく人がいるかどうかです。


PALETTEはどれも満たしていました。海外の大規模なラボと比べれば小規模ですが、施設面では階段が特徴の会議ルームのような工夫があり、あちこちで会話が始まる可能性を感じます。また、社内の企画・運営体制では、経営企画部が主体となり、部長が1人で抱えるのではなく、その下にいろいろな人がいて非常に楽しそうにやっていました。会社全体の取り組みとしてやろうとしているところに将来性を感じたのです。そして、その方々や鎌北さんのように、場にコミットしている人がちゃんといました。アイコニックな人でも頑張る人でも構いませんが、継続的に頑張る人がいることがすごく大事なのです。


――それでも、住友商事に入られてからは大変ご多忙だったと思います。


住田さん:私は、意味のあることと意味のないことを、割とはっきり区別してしまうところがあります。意味のあることをやっている場に出るのです。ここは意味のあることをやっていましたから、時間はこちらに優先的に振っていました。PALLETEには大きな可能性を感じていたので、一生懸命時間を見つけては来ていました。


――PALETTEが移転してまもなく、コロナ禍が始まりました。


住田さん:あの頃は、必要に迫られてITが急速に発達しました。Zoomが一気に入ってきましたし、バーチャル空間の中で近くにいる人同士の声だけが聞こえるツールも出てきました。大事なのは、リアルでなんとなくやっていることを一度翻訳しているという点です。どの部分を翻訳するのかがすごく大事で、あの時期にそこがずいぶん発達したと思います。


鎌北さんの妹さんがヨガのインストラクターをされていて、オンラインでPALETTEメンバー向けにヨガ教室をやっていましたよね。コロナだからダメだ、ではなく、誰かが一生懸命に考えて動いていました。それはとてもいいことだと思っていました。



数字にならないものを、それでも数字にする



――PALETTEのようなラボは、単体で採算を求めないことが前提にあると思います。短期的な数字では測れない取り組みを、経営はどう位置づけるべきでしょうか。


住田さん:どこのフューチャーセンター、イノベーションセンターでもそうですが、短期の業績には結びつきません。そこから何かが生まれるケースは極めてまれで、測り方がそもそも違うのです。


投入する側はお金で計算できてしまうので、どうしてもそうしたがります。難しいのは、その結果として何が得られたのかです。得られたものは、まずお金ではありません。新しいコラボレーションが始まった、社内のこういう人とつないだ、会社のなかではできなかったことをやって才能が開花し、モチベーションが上がった——そうしたもので構わないわけです。


――ただ、そこは数字にしにくいところです。


住田さん:まさにそこなのです。片方が数値ですから、こちらが情緒的なことだけを語っていては負けてしまいます。ですから、どうしても数字にしていったほうがいいのです。


数字の取り方はどのようなものでも構いません。来場した人数、マッチングの件数、この場を使おうとする社内の人が増えているかどうかでも構いません。そうした数字は、絶対数というより変化のところに意味があります。取り方がどうであれ、変化はわかります。


発信も同じです。ここでは日々いろいろなことが行われ、ビッグネームと呼ばれる方も訪れます。鎌北さんにとって当たり前のことも、住友商事の人にとっては初めて知る話です。だからこそ、「こんなことをやっていますよ」と伝えていくことが大事だと思っていました。


――数字に表れない価値の可視化に長く取り組んでこられた立場から見て、PALETTEは住友商事にとってどんな資本でしょうか。


住田さん:まず、普通に考えるのとは桁違いの人数が登録しています。9,000人ほどですよね。住友商事の社員数を上回りますし、そのうち住友商事の人は3割ほどにとどまります。会員に聞いてみよう、発信してみようというだけで、誰かの紹介を経て登録している、クオリティの高い方に届くわけです。新しいことへの挑戦に思いを持っている方が9,000人いるというのは、大変な財産です。


そして、鎌北さんという特殊技能を持ったコミュニティマネージャーもおります。ほかのフューチャーセンターでは、コミュニティマネージャーがなかなか続きません。運営しているその会社の人が担っていて、3年か4年で必ず担当者が変わり、別の人が来れば誰も知らないのでゼロからのスタートです。その点、PALETTEでは最初からやっている人がいて、メンバーのことなども何らかの形で知っているからマッチングがしやすいのですね。


――経営会議の場でもPALETTEの価値を発信されていたと伺いました。


住田さん:経営会議には、いろいろな事業の提案が上がってきます。そのプロセスで誰と話をしたのかは、確認したくなります。少し視野が狭いのではないかと感じたときには、視野を広げるためにPALETTEを使ってみたら、と言っていました。


PALETTEには、サステナビリティやAIのような最先端のテーマに関心の強い方たちが集まっています。せっかく近くにこれだけの知見があるのですから、人を育てるという意味でも、こういう場を使ったほうがいいと伝えていました。



ここで生まれた出会いは、いまもつながっている




――PALETTEでは社内起業プログラムの審査イベントも開かれてきました。印象に残っている出来事はありますか


住田さん:私のなかで、0→1チャレンジとPALETTEはセットになっていました。審査のイベントもこの場で開かれていましたし、新しいものが生まれてくる場所として重なって見えていたのです。そのなかで、アートに関わるビジネスをやりたいという提案に出会いました。プレゼンを聞いて、これはいいなと思ったのです。


※0→1チャレンジ:住友商事の社内起業制度。2018年度に開始し、現在は「0→1 NEXT」として運営されています。


――ほかにも印象的な出会いがあれば教えてください。


住田さん:渡辺創太さん(Startale Group Pte. Ltd. CEO)との出会いも、PALETTEでした。非常に刺激的で、胸が躍りましたね。渡辺さんは当時からWeb3の寵児と呼ばれていて、シンガポールを拠点にされていますが、東京に来るとよくこの場を使ってくださっていました。新しい世界の第一線にいる若い起業家が、こういう場に魅力を感じてくださって、活用してくださっていたのは、大変嬉しいことです。


鎌北:渡辺さんが起業されて間もないタイミングでPALETTEメンバーになっていただいたのですが、その頃は大学生でした。当時は社員か社外の方かという区分しかなく、彼のために学生メンバーという区分を新設したのです。ほぼ毎日来てくださっていた方が、そこからどんどん大きくなっていきました。


――いまも定期的に足を運ばれていると伺いました。在職中といまとで、見え方は変わりましたか。


住田さん:イベントもありますし、コミュニティマネージャーの鎌北さんも常にいます。それに、いまbaseの中に緑化空間をつくろうという話が動いていて、住友商事にいた頃から一緒に取り組んでいたネイチャーポジティブワーキンググループのプロジェクトの一環です。その打ち合わせで来ることもありますし、来れば誰か知った人がいたりもします。


CSOを務めていたときは昼間に時間がつくれず、イベントのときだけ来る時期もありました。少し離れて昼間に来てみると、「こんなに賑わっているのか」「こんな方が来ているのか」と気づかされることが増えました。ほとんど席が埋まっていることも割とあって、驚かされますね。ただ、住友商事の人にも、もっとPALETTEを活用してほしいと思いますね。


――PALETTEが続いてきた要因は、どこにあるとご覧になっていますか。


住田さん:1つのことを続けるのは難しいものです。いい時も悪い時もあり、特に悪い時もいっぱいありました。それをめげずに続けてきたことが、すごく大きいと思います。また良くなってきた時に人が戻ってくると、「ああ、やっているね」という感じで、また運営側に同じ人がいます。その安心感が、メンバーの信頼感を高めてきたのでしょう。一過性の高まりではありませんから、急にしぼむものでもないはずです。


見ているかぎり、大がかりな模様替えを重ねているわけでもありません。それでも中身が深まっていきます。場のあり方としては、これがいちばんいい形だと思います。うまくいかなくなると改装に走るところもありますが、お金をかけたぶんの効果があったかというと、必ずしもそんなことはないのですね。同じスタイルのなかでソフトの部分を入れ替え、誰がどこにいるかを工夫していきます。そこがすごく大事なのです。



PALETTEには、あらゆるネットワークがある



――ほかのオープンイノベーション拠点と比べて、PALETTEはどのような位置づけにありますか。


住田さん:FCAJでいろいろな場を見てきたなかで、いくつかのタイプがあることを最近整理しています。地域の住民がまちづくりを担うリビングラボ型、メーカーが自社技術を示して顧客を呼び込むイノベーションセンター型、特定のエリアの機能やブランドを活かして、それをより発揮させていこうという型、そしてPALLETのように、サービス業的な企業が幅広いネットワークを活かして社会課題を解決していこうという型といったように整理できます。


――最近は住友商事の社員のなかにも、PALETTEは総合商社として成長していく上で大事な武器だと話す方が出てきていると聞きました。


住田さん:本当にそうなのです。商社は住友商事も含めて、いろいろな分野のネットワークを会社として持っているわけではなく、部門として持っています。この分野のネットワークはこの部門、あの分野はあの部門、という具合です。


ところが、PALETTEは違います。ものすごくいろいろな分野のネットワークが、ここには全部あるのです。たとえば不動産関連のネットワークは都市総合開発のグループが持っていますが、その一部がここにありますし、自動車部門のネットワークの一部もここにあります。そして、両方を一緒に使えます。


自分の部門のネットワークだけで十分だという方は、それでいいと思います。でも、都市総合開発と自動車と鉄とDXのネットワークを全部組み合わせたら、すごいものができるかもしれません。これは住友商事がこれまでやってきていないことなのです。しかも、今日はこんな人がいた、というセレンディピティ的な出会いから新しいコラボレーションが生まれる面白さもあります。


総合商社にとって、この場はものすごくいいものです。ただ、なぜそれほどいいのかを、私自身がこれまで言語化してこなかったのですね。ずっと暗黙知だったのです。それをようやく、いま形式知にして言葉にできたと思っています。


――これからのPALETTEに期待することを聞かせてください。


住田さん:8年目を迎えて、かなり蓄積があります。なかなか数字になりませんよね、長い目で見てくださいよ、と言い続けられるのは、そろそろ限界です。実際のビジネス、あるいは価値創造やブランド力の向上につながった成果が、そろそろ出てきてほしいところです。10年目くらいまでには、これとこれとこれ、と言えるものがあるとすごくいいと思います。


逆に言えば、PALETTEが関与してできたものは、既にあるかもしれません。それが住友商事のものとして認知されていないだけかもしれませんから、もう一度よく見直しながら応援していきたいと考えています。ただ、PALETTEでやっていることと住友商事のビジネスをつなげるのは、住友商事の各事業部門にいる人たちでなければ実現できません。その意識を持って関わってくれる人が増えるといいなと思います。


――最後に、PALETTEの会員の方々へメッセージをお願いします。


住田さん:もう本当に、使い倒してほしいと思っています。こんなことをやってみたい、こういうところとつながりたい、このテーマでこの人と何かやりたい——そうした持ち込みを、PALETTEは歓迎してくれるはずです。


うまくいけば、住友商事が持つリソース、ビジネスや人、お金、パートナーを使えるかもしれません。ここに持ち込めば関連部署には真っ先につなぐと思いますから、壮大な実験ができるかもしれません。小さくまとめてしまうよりも、大きな夢を持って持ち込んでくださったほうが、お互いにすごく刺激になるはずです。ひいては、そういう課題解決型のビジネスで日本が世界を救っていく可能性は、十分にあると思っています。


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