【イベントレポート】「フィジカルAIを目的化してはいけない」——現場実装の勝算はどこにあるか
- MIRAI LAB PALETTE 運営事務局

- 6 時間前
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現実世界を認識し、判断し、機械の身体を動かすーー「フィジカルAI」は、生成AIが情報の世界にもたらした変化を、工場や倉庫といった物理の現場へ持ち込もうとしています。
2026年8月4日、MIRAI LAB PALETTE(以下、PALETTE)で開催された「フィジカルAI共創プログラム【DAY1】」には、製造、物流、建設などの現場を持つ約100名が集まりました。技術の可能性ではなく、現場実装の勝算はどこにあるのか。登壇者が語った現在地を報告します。
「出会い」と「自分ごと化」——実装を阻む二つの壁

冒頭に立った主催のネットワンシステムズの門脇広平さんは、企業がフィジカルAIの検討を進める際に直面する壁を、二つに整理しました。
一つ目は「出会いの壁」です。現場に深いペインを抱えるユーザー企業と、最新の技術を持つAI・ロボティクス企業が、本音で議論しマッチングする場が決定的に不足しています。二つ目が「自分ごと化の壁」です。展示会やセミナーで先進事例に触れても、自社の業種や現場に置き換えたとき、どの技術をどう組み合わせれば課題が解けるのかを具体的に描けず、検討が前に進まない。この二つを打破する目的で、本プログラムは設計されました。
門脇さんは、フィジカルAIの構造を人体になぞらえて提示します。判断を担うAIが「頭脳」、動作を担うロボットが「筋肉」、その二つをつなぐネットワークが「神経」にあたるという整理です。「どれだけ賢い頭脳があり、どれだけ屈強な筋肉があっても、つなぐ神経がなければ身体は思うように動きません」。この見取り図は、この日の議論全体を貫く共通言語となりました。
門脇さんの原点は、自動車メーカーに40年勤めた父親の工場を見学した記憶にあり、「日本の現場力には、まだ宝が眠っている」とオープニングセッションでも力強く語りました。
フィジカルAIは目的ではなく、手段である

キーノートに登壇したエヌビディアの荒井謙さんは、まずフィジカルAIが向き合う産業の広さを示しました。工場、産業ロボット、スマートシティと波及先は広く、特定の業種にとどまらない規模の変化が見込まれるといいます。
続いて荒井さんは、技術の現在地について、日本企業に示唆的な整理を示します。これまで日本が強みとしてきたのは、プログラム通りに定型作業を高い再現性と精度でこなす「スペシャリスト」型の産業ロボットです。一方、いま注目される汎用的なロボット学習は「ジェネラリスト」を志向しますが、実用に耐えるかといえば、まだ難しい部分があります。目指すべきは、汎用性と、日本が培ってきた高品質(再現性と精度)の両立だといいます。
では、その両立をどう実現するのか。鍵を握るのが、データの制約を突破し、フィジカルAIにおけるスケーリング則を成り立たせることです。フィジカルAIは実世界との相互作用から学びますが、実機を動かして集められるデータには量とコストの限界があります。そこで、仮想空間に現実の動的な複製をつくるデジタルツインを用い、シミュレーションでデータを増幅する。それでもなお、スケーリング則を成り立たせるだけのウェブ規模のデータ量をどう確保するかは、未解決の問いとして残ります。「コンピューティングすることは、データを持つことと同じ」という同社の考え方は、計算資源を投じてデータそのものを生成するという発想の転換を意味します。
そのうえで、荒井さんは最も重要なメッセージとして次の一点を挙げました。
「フィジカルAIを目的化してはいけません。あくまで手段であり、自分たちが実現したいコトや解決したいペインポイントに対して、必要に応じて出し入れするものです」
従来型の画像認識AIやエージェントAIで問題が解けるなら、それでよい。技術の新しさではなく課題起点で判断するという姿勢は、この日の登壇者に共通していました。
10トントラック3時間の作業が、置き換わり始めている

Dexterity-SC Japanの尾山昌太郎さんは、「導入はまだ先」という一般的な受け止めに、稼働中の現場の映像で応えました。同社は、米国のフィジカルAIスタートアップDexterityと住友商事が設立した合弁会社です。尾山さん自身は住友商事でスタートアップ投資を10年以上手がけ、6年前にDexterityへ出資して以来、その成長を支援してきました。
同社のロボットは、物流倉庫でトラックのコンテナに荷物を積み込みます。高いレートで流れてくる荷物を、重量物を上に置かない、ラベルの指示に従う、荷崩れを防ぐために隙間なく密着させるといった制約のもとで三次元に積み上げていく。熟練を要する高難度の作業です。物流現場の暗黙知を取り込んだ世界モデルをもとに、ロボットは数手先の積み方を予測しながら判断します。
動画では、失敗から立て直す場面も映し出されました。隙間に押し込もうとして一度は失敗したロボットが、その状況を記憶し、作業を進めながら改めて可能性を見出して再挑戦する。人がほとんど介入せずにオペレーションが継続する水準に達したことで、米国では大型導入が進んでいるといいます。人が3時間かけて10トントラックに積み込む作業を、ロボットはほぼ同等の速度でこなすまでになりました。
一方で、AIだけでは解けない領域も残ります。産業用アームは6軸が標準ですが、狭いコンテナの奥まで腕を届かせるため、川崎重工業と組んで8軸のハードウェアを新たに開発しました。さらに日本固有の制約もあります。トラックの耐荷重が米国より低いため、ロボットの大幅な軽量化が必要になったといいます。重量が増えれば移動用のバッテリーも増え、機体はいっそう重くなる。この制約は、演算をロボット本体から外部へ出せるかというインフラ設計の進化とともにさらなる改善が進むのではとも予想しています。
導入の形そのものにも、今後変化してくる可能性があります。24時間稼働する基幹施設であれば設備として購入するのが合理的である一方、農産物の輸送のように稼働が収穫期に集中する用途では、地域で機械を共有し、サービスとして利用する形が現実味を帯びます。ロボットを資産として持たない選択肢が広がれば、導入の敷居は大きく下がります。
技術は進んだ、それでも本質は変わらない

SCSKの下條和真さんは、2010年頃からロボット開発に携わってきた立場から、この分野の変遷を振り返りました。計算能力もツールも大きく進歩し、AIの登場で高度な処理が可能になった一方、「現実世界を正しく認識し、安全かつ確実に目的を達成する」というロボットの使命そのものは変わっていないという見立てです。
そのうえで下條さんが提起したのが、機能安全等の安全設計思想や手法の不足でした。自動車業界にはISO 26262という規格があり、リスク評価から安全要求の設計への落とし込みまでのプロセスが確立しています。サービスロボットなどの業界にはこのような考え方がまだ十分に浸透しておらず、とりわけ「AIは間違えることがある」という前提を織り込んだ安全の担保が規格に落ちていない。ここが解決されなければ社会実装は進まないという指摘は、リスク管理を担う立場の参加者にとって重い論点だったはずです。

続いて登壇したInsight Edgeの東直樹さんは、シミュレーション活用の可能性と限界を整理しました。実機だけで学習と検証を重ねれば、機体の破損や思わぬ危険を招きかねません。仮想空間であれば、安全に、大規模に、そして現実では起きにくい状況まで含めて検証できます。
ただし、そこには限界もあります。見え方の違いや摩擦といった物理特性、センサーのノイズや遅れなど、仮想と現実の差は残ったままです。この「リアリティギャップ」が大きいほど、仮想空間で鍛えたAIは現実で性能を発揮しにくくなる。東さんは、ギャップを埋めるにはロボット工学や制御工学の知見だけでなく、実機や現場に関する知見も必要だと述べました。
レイヤーの継ぎ目で、何が起きているのか

後半のパネルディスカッションには尾山さんに加え、SCSKの先進技術開発部で第二課 課長を務める北洋二さん、ネットワンシステムズの伊藤千輝さんが登壇しました。門脇さんがモデレーターを務め、「頭脳」「筋肉」「神経」それぞれの立場から、現場の困難が率直に共有されています。
北さんは、リアリティギャップの克服過程を具体的な数値とともに明かしました。仮想空間では障害物を回避できたロボットが、実機では段ボールにつまずいて転倒し、原因を追うとセンサーのデータ取得周期が仮想側の20ミリ秒に対し、実機は60ミリ秒と乖離していました。そこで周期に幅を持たせて学習させ、実機の想定外に耐えられるようにしたといいます。また、現実空間の再現にスマートフォンのスキャンを用いていた段階では精度が不足したため、200万円規模のスキャナーを導入して欠損のないデータを取得する判断も下しました。
「神経」を担うネットワークにも固有の難しさがあります。伊藤さんは、遠隔地の推論サーバーとロボットを結ぶ実証で、毎秒30回を超える推論のやり取りに生じるわずかな遅延や揺らぎが、最終的にロボットのタスク失敗に直結した経験を語りました。接続の微調整だけで2〜3か月を要したといいます。さらに、演算をロボット本体、エッジ、クラウドのどこに配置するかは、消費電力、発熱、GPUの更新運用まで含めた設計判断になります。海外製ロボットの調達に各国の規制が及び始めた現状を踏まえ、セキュリティ要件の設計も避けて通れないという指摘もありました。
壁は技術の外側にもあります。会場からの質問に対し、人材面では、必要な専門領域が広範に及ぶためチームでの分担が前提になること、そして顧客の現場と対話し、時にはオペレーション変更まで提案できる実務経験者が求められることが語られました。データの共有についても、業界で共通する領域は協会などで共有する意義がある一方、競争力に直結するノウハウは自社で作り込む領域だという線引きが示されました。
3年後の見通しとしては、導入規模の拡大、熟練工の暗黙知の継承、無線と広域網の進化といった展望が挙がっています。共通していたのは、データ基盤を先に整え、自社のノウハウを学習させた企業が優位に立つという認識です。
そして全員が一致したのは、一社では実現できないという結論でした。ロボット、AI基盤、ネットワーク、ハードウェアと、異なる専門性が噛み合って初めて現場は動きます。まさに、冒頭で門脇さんが掲げた「出会いの壁」を越える実践そのものでした。
異なる強みを持つ企業と、現場の課題を抱える企業が同じ場所で議論を交わす。この日のPALETTEは、その触媒として機能していたといえます。休憩や交流の時間には、隣り合った参加者が互いの現場のペインを持ち寄る光景が見られました。門脇さんが参加者に求めたのも、名刺交換にとどまらず課題そのものを語り合う関係でした。

続くDAY2では、参加者が自社の課題を持ち込み、異業種混成のワークショップで解決シナリオを描いたうえで、実証施設で稼働する実機に触れる機会が用意されました。「知る」から「自分ごとにする」、そして「動き出す」へと段階を進める設計です。
フィジカルAIの現在地と、そこから先へ進むための論点が共有された一日となりました。
ネットワンシステムズ 門脇広平さんからのコメント
2026年4月に初めてMIRAI LAB PALETTEを訪れ、「『出会いの壁』を打破する共創の場はここしかない」と確信したのが本企画の原点です。 デスクトップ上のAIと異なり、フィジカルAIが挑むのは先人たちが汗と涙で培った「物理世界」です。 AI(頭脳)、ロボット(筋肉)、通信インフラ(神経)の連動が不可欠ですが、そこには大きな壁が存在します。企画当初は、どうすればこの高い壁を越える「真の議論」を引き出せるのか、試行錯誤の連続でした。 しかし、PALETTE運営チームの献身的な伴走と、登壇者および参加者の皆様の圧倒的な熱量のおかげで、業種を越えて「泥臭い現場の悩み」を本音で語り合う場を共に創り出すことができました。 孤独になりがちな現場の改革者にとって、多種多様な仲間と繋がり、語り合えることほど心強いものはありません。 この繋がりを原動力に、日本の現場力を皆様と共に強くしていく覚悟です。


