素材・空間・仕組みを横断する実践者たちが語った「捨てないデザイン」のリアル——トークイベントレポート
- MIRAI LAB PALETTE 運営事務局

- 22 時間前
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2026年2月10日、MIRAI LAB PALETTEのイベントスペースhubにて、トークセッション「一過性のブームで終わらせない、循環するデザインの実装論」が開催されました。
廃棄物を素材に作品を生み出すアーティスト・藤元明さん、100%リサイクルプラスチック板材「REMARE」で現場実装に挑む間瀬雅介さん、万博建築で「次につなげる設計」を実践する建築家・永山祐子さんの3名がパネリストとして登壇。モデレーターは、竹中工務店の藤井康平さんが務めました。
さまざまな業界でサーキュラーエコノミーが注目を集める中、「アート」「製造業」「建築」の領域の現場を知る当事者同士の議論をレポートします。
15年前は「なぜそんなことを」と言われていた

最初のテーマは「なぜ今、リバースデザインがビジネスになるのか」。藤元明さんがリードする形で議論が始まりました。
藤元さんが再生素材を使った制作活動を始めたのは2009年頃のこと。当時は「手間もコストもかかるのに、なぜわざわざそんなことをやるのか」と問われることが多かったといいます。それでも、企業の中には数パーセントながらこうした取り組みに関心を持つ人が必ずいて、代理店を介さず直接連絡が届くことがあったと藤元さんは振り返ります。国内外の大手自動車メーカーから突然コンタクトがあったこともあったそうです。
2013年頃からはハイブランドがCSR(企業の社会的責任)やCSV(共通価値の創造)の文脈で再生素材を取り入れ始め、ヨーロッパでの規制強化やSDGsの浸透とも相まって、こうした取り組みは徐々に一般化していきました。一方で藤元さんは、流行に乗じた表面的な取り組みも少なくなかったと指摘します。それでも社会全体としては精度が上がり、竹中工務店のように20年にわたり建設現場での資源管理に取り組んできた企業の蓄積もあって、循環型のものづくりが地に足のついたものになりつつあるという認識を示しました。
話題は、資源循環型のものづくりをビジネスとして持続させる難しさに移りました。藤井さんが「大企業の中で成果を数字として示し続けなければならない立場の方も多いと思う。一過性で終わらせないために、どのように経済的な持続性を確保しているのか」と会場に向けて問いを投げかけると、藤元さんはアーティストならではの視点から答えました。
藤元さんの制作プロセスは、素材の収集から独特のものがあります。
海岸に漂着したプラスチックは、Google Earthや地元の漁師からの情報をもとにアクセスの悪いスポットまで出向いて収集するもので、車で持ち帰ることさえ難しい場所も多いといいます。そうした現場では素材をその場で溶かし合わせ、作品だけを持ち帰ることもあるそうです。
「僕にとっては宝の山に見える」と藤元さんは語ります。海洋ごみが何千キロも旅してきたこと、誰がどこで使っていたかわからないこと——そうした素材の「履歴」に触れ、自分の手で溶かし、再構成する行為そのものに、情報として知るだけでは得られないリアリティがあるといいます。
そして、その素材が現代美術の文脈で評価されることで価値を持つようになる。アートの世界では、「この考え方に共鳴する」「この作品を自分のそばに置きたい」といった、経済合理性だけでは測れない情緒的な価値が購買の動機になり得ると藤元さんは説明しました。リサイクルアートだから売れるのではなく、作品そのものの力と、作家が長年にわたって積み重ねてきたリサーチや思考の深さが評価の土台にあるという指摘は、ビジネスパーソンが多い会場に新鮮な視座を提供していました。
量産品とは「同じ土俵で戦わない」

続いて間瀬雅介さんがリードする形で、リサイクル素材のビジネスとしての成立条件が語られました。
間瀬さんは、本来焼却処分されるはずのプラスチック——種類の異なる素材が混在し、従来のリサイクルでは扱えなかったもの——を独自の成形技術で板材に再生する株式会社REMAREの代表取締役を務めています。家具や内装、建築など多様なデザインの現場で使われる仕組みづくりに取り組み、デザイナーや建築家との共創プロジェクトも数多く手がけてきました。
間瀬さんは、REMAREの事業構造の核心をこう説明します。「従来の製造業では、素材の仕入先と製品の販売先は別々の存在でした。しかしREMAREでは、プラスチック廃棄物を排出する企業が、それを原料として作られたプロダクトを買い戻すという『クローズドループ』の仕組みが成り立っています。たとえ製造コストが既製品の数倍かかったとしても、廃棄物の処理とプロダクトの調達を同時に実現できるストーリーがあるからこそ、企業は購入に踏み切るのです」
さらに間瀬さんは、リサイクル素材の市場が形成されつつある背景として、製造技術のグローバル化を挙げました。射出成形などの技術精度が各国で均質化した結果、従来の品質や価格だけでは差別化が難しくなっている。素材の履歴やストーリーといった「デザインの領域」でしか差別化できない時代が来ているという見立てです。
加えて、今後は廃棄物を循環させることで発行できるボランタリークレジットなど、定量的な環境価値の評価にも取り組んでいると明かしました。ただし「市場がそこまで求めるところにはまだ達していない」と冷静な現状認識も示し、会場の共感を集めていました。
間瀬さんのユニークな点は、航海士の資格を持ち、南極などでの海洋調査の経験があることです。海上での生活では、限られたエネルギーと資源で航海を完遂しなければならず、「あるものを最大限に使う」という発想が身体に染みついているといいます。地球規模で見ればプラスチックは至るところに溢れている。それを素材として循環させることができれば面白いという着想が、REMARE創業の原点にありました。
製造面でも間瀬さんは独自のアプローチを模索しています。従来の一極集中型の製造ではなく、既存の圧縮機にヒーティングシステムを組み合わせるなど、各地域にある設備を転用して分散型で成形できる仕組みを構想中だといいます。素材ごとに最適な成形条件を設定し、地域ごとに製造を分散させることができれば、コストを抑えながらスケールさせる道が開けるという展望を語りました。
万博から万博へ——3度のリユースが証明するもの

3つ目のテーマは「一度きりのプロジェクトで終わらせないデザイン」。永山祐子さんが自身の万博建築の経験をもとに語りました。
永山さんは、ドバイ国際博覧会日本館、2025年大阪・関西万博パナソニック館およびwomansパビリオンなどを手がけてきた建築家です。限られた期間や条件の中で、素材や構法を選び、次につながる使い方を模索する「サーキュラーデザイン的な建築」を実践しています。
永山さんがリユース建築に取り組むきっかけとなったのは、ドバイ国際博覧会の日本館でした。万博のパビリオンは、3年かけて準備し、わずか6ヶ月の会期を終えると解体される。そのサイクルに疑問を感じた永山さんは、設計提案の段階から「次につなげる」ことを前提とした構造システムを考案しました。ボールジョイントにパイプを差し込み、組み替えることで異なる形態の建築を実現できるこのシステムにより、ドバイ万博の日本館は大阪・関西万博のパビリオンにリユースされ、さらに2027年の横浜国際園芸博覧会に向けて3度目の転用が進行中だといいます。
実現までの道のりは平坦ではなかったと永山さんは振り返ります。経産省に相談した際には「ストーリーとしてはいいが、成功事例がないため予算は組めない」と言われ、丁寧な解体や保管にかかる費用は設計者側で協力者を募る必要がありました。最終的に施工を担当した大林組や物流企業の協力を得て実現にこぎ着けたのは、時代の後押しもあったからだと分析します。資源循環への社会的な関心の高まりに加え、次期開催国としての日本の立場も追い風となり、「一緒にやろう」と手を挙げてくれる協力者が増えていったそうです。
永山さんは、一番のサステナブル建築とは「みんながそこにあってほしいと思うような、長く愛される建築を作ること」だと語ります。ただし、万博のように必ず解体されることがわかっている建築については、最初から「次に回すこと」を前提に逆算して設計する発想が重要だといいます。自身が手がけた巨大ハンモック作品「海の反目」も、イベント終了後の解体を見据えて漁網のリサイクル素材で制作し、現在は丸の内仲通りなど6か所を巡回展示中。「終わりが決まっているからこそ、次をデザインできる」という逆転の発想が、永山さんの実践を貫いています。
会場の関心を特に集めたのは、物価上昇がリユースの追い風になっているという指摘でした。5年前に調達した部材は、現在新たに購入するよりも大幅に安くなっているケースがあり、サステナビリティのストーリーへの共感とコストメリットの両面が、協力者を得るための説得材料になったといいます。
また、1万パーツにおよぶ部材すべてにQRコードを付与し、管理システムで履歴を追跡できる仕組みを構築したことで、2度目、3度目のリユースはさらに効率化されているとのこと。循環を重ねるごとにノウハウが蓄積され、次のプロジェクトに還元されていく好循環が生まれているという報告は、会場に大きな説得力をもって響いていました。
制度を変えなければ、街の風景は変わらない

質疑応答では、「日本人はルールを所与のものとして受け入れ、変えようとしない。構造材をリユースできないというルールを変えるドライビングフォースはどこから生まれるのか」という問いが投げかけられました。
永山さんは、建築の世界では北側斜線や道路斜線といった法規が街の風景を形づくっていると指摘した上で、「いつできたのかわからないような法規に縛られていることが多い」と率直に語りました。
大阪・関西万博では大阪府市との協議を重ね、JIS規格外の構造材リユースについて特例を得た経緯にも触れ、万博のような実装実験の場でまず事例を積み重ねることが、制度を動かす第一歩になるという考えを示しました。木材のリユースを制度的に可能にしようという動きも進みつつあり、時間はかかるものの少しずつ変化は起きているといいます。
また、リユース前提の設計における制約とクリエイティビティの関係について問われた永山さんは、「できなかったことよりも、新しい気づきを得たことの方が多かった」と答えました。既存の部材という「制約」があるからこそ、ゼロから設計するときには生まれない発想が引き出される。その面白さは、リノベーションの設計にも通じるものがあると語り、会場からは深くうなずく姿が見られました。
トークセッション後は、参加者と登壇者が入り交じっての交流タイムへ。hubに展示された藤元さんの作品を前に、名刺交換やカジュアルな意見交換が活発に行われ、PALETTEならではの「混ざり合い」が自然と生まれる時間となりました。



