福島県浪江町発の日本酒「回 -gururi-」、PALETTEが生み出した越境型共創とは
- MIRAI LAB PALETTE 運営事務局

- 9月18日
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2025年3月から開催中の大阪・関西万博。その日本館でゲストに振る舞われている特別なお酒が「回 -gururi-」です。福島県浪江町の米と酵母を使い、環境負荷を抑えたプロセスで醸されたこの日本酒のコンセプトは「循環」。自然と共生する日本の文化と、サステナブルな未来への眼差しを一杯に込め、世界から集う人々に発信しています。
このお酒が生まれるきっかけになったのは、起業支援やコミュニティ活動を通じて浪江町を盛り上げる「ナミエシンカ」での取り組み。MIRAI LAB PALETTE(以下、PALETTE)はナミエシンカのパートナーとして、広報活動やコラボレーションをサポートしています。今回、そんな縁からPALETTEで「回 -gururi-」のお披露目と試飲イベントが開催されました。
農業・醸造・デザイン、それぞれの領域を横断するプロフェッショナルたちは、どのように循環型の仕組みをつくりあげたのでしょうか? 2025年8月22日、「『回-gururi-』 循環プロセスのデザインで知る仕組みづくりと日本酒」と題して行われたイベントから、当日の様子をレポートします。

福島県浪江町から生まれた、サステナブルな日本酒「回 -gururi-」
「回 -gururi-」は福島県浪江町の米と酵母を用い、自然中心の東洋思想をベースに誕生した日本酒。東日本大震災からの復興と、持続可能な未来を目指す浪江町の挑戦を象徴する存在として企画され、現在は大阪・関西万博の会場で提供されています。
その味わいは土地の個性が活きた、米本来の旨みをしっかりと感じさせる仕上がり。冷酒での清らかさはもちろん、常温でも際立つバランスの良い酸味が特徴で、和食に限らず世界各国の料理とも調和し、一層美味しさを引き立てます。

プロジェクト全体を貫くテーマは「循環」。メタン排出を抑えたローメタン米の栽培や、米や酒粕を余すことなく使い切る仕組み、さらにガラス瓶に代わる軽量パウチ容器の採用によって、栽培から醸造、流通に至るまで環境負荷を抑えた仕組みを構築しました。常温保存を可能にしたことで、輸送や保管に必要なエネルギーも削減しています。
楽しく食卓を囲みながら、小さな循環を実感させてくれる「回 -gururi-」。浪江町の自然の恵みと、そこに関わる人々の想いが詰め込まれた一杯は、町の再生を象徴するとともに、日本らしい価値観を世界に伝えています。
浪江とPALETTEに集うプロフェッショナルが連携
今回のイベントには、プロジェクトを牽引した4名が登壇しました。プロジェクトの全体像を語ったのは、住友商事でPALETTEを立ち上げ、ナミエシンカに責任者として関わる西野修一朗です。

西野:「関西万博に向けて浪江町で日本酒を製造できないか」と相談を受けたのが出発点でした。そこで浮かんだのが、各地のプロジェクトでご縁をいただいていた3人の顔です。
”この3人でプロジェクトが出来たらワクワクする”という直感だけで声をかけたのですが、それぞれが持つ尖った専門性と強いコミットメントを持つ方々ですので安心して任せることができました。私は全体の構想やグローバル展開を視野に入れた経済性を試算しただけ。むしろ異分野の力がつながったからこそ、今回の成果が形になったのだと感じています。

米づくりを担ったのは、株式会社ちーの代表のナカヤチ美昭さん。長年バイオプラスチック事業に携わり、令和4年には浪江町にお米由来のプラスチック製造工場を設立。その原料となる米づくりにも着手し、荒れた農地の再生に挑む異色の経歴を持つ人物です。
現在は約45haの圃場で稲作を行い、2028年には100ha、さらに10年後には1000haまで拡大する目標を掲げています。
ナカヤチさん:震災で荒れ果てた浪江町の原風景を取り戻すために米づくりを始めました。
日本で主流の水田稲作は、長い歴史を持つ優れた技術ですが、地球温暖化の原因となるメタンガスの発生量が多いことがわかってきました。そこで私たちは節水型の稲作を研究し、環境負荷を抑えたローメタン米の生産に取り組んでいます。一般食用として高い評価をいただいていますが、今回は「回 -gururi-」のコンセプトに適した、環境負荷の少ないお米として提供しました。
今後は10年20年先を見据えた品種改良や、他の商品開発にも取り組んでいきたいと思います。

醸造と製造を担ったのは、LINNÉ代表で醸造家の今井翔也さん。クラフトサケのジャンルを生み出した業界の旗手で、三軒茶屋で起業後、フランスで酒造りにチャレンジした後、京都で新たな会社を立ち上げ、現在は全国各地で酒造りの新たなコラボレーションを行っています。
西野とは、新たなチャレンジの過程で訪問した浪江町で、偶然出会ったことが「回 -gururi-」へとつながりました。
今井さん:米を磨きすぎず、余計なものを極力足さないことで、浪江の土地らしさを表現しました。
万博会場で提供されるお酒として、食事と一緒に楽しめる酸味や、常温でも美味しく飲める酒質を意識しています。仕込みには浪江町の施設を使わせてもらうなど、多くの方に支えていただきました。また、精米歩合を抑えた酒づくりでは、お米のつくり方が味にダイレクトに反映されるので、生産者さんとの密接な連携も欠かせません。
こうした地域での取り組みを広げていくことで、酒づくりの新しいモデルが生まれることに期待しています。

特徴的なパッケージとクリエイティブ全体を担ったのは、Paper Parade共同代表の守田篤史さん。全くお酒を飲まない立場ながら、ブランディングの観点からチームの想いを形にし、ネーミングやデザインを取りまとめました。
サーキュラーデザインに数多く携わってきた経験を背景に、「回 -gururi-」を単なる商品ではなく価値観として捉え、長期的な進化を見据えています。
守田さん:お酒好きのメンバーが盛り上がる中で、私は少し冷静に皆さんの思いを整理し、ブランディングの力で具現化する役割を担いました。
常温で美味しく保存できるという特徴は、日本酒好きの方々の「冷蔵庫は常に満杯だ」という声を聞いたことがきっかけですし、ネーミングやパッケージもメンバーと意見を重ねて決めました。
「回 -gururi-」は今が完成形ではなく、10年20年かけて育っていくプロジェクト。課題や改善点もありますが、海外に向けて僕たちなりの世界観を提示していきたいと思います。
越境した出会いが未来に種を蒔く

浪江町の米と酵母を活かし、酒造りからパッケージまで無駄を減らした「回 -gururi-」は、循環型の日本酒としてスタートを切ったばかり。酒粕の再利用や軽量パウチの採用に続き、米由来のバイオプラスチックによるパッケージ開発など、取り組むべきテーマはまだ数多く残されています。

更なる循環を実現するためには、これまで以上に多くのコラボレーションパートナーが不可欠です。PALETTEやナミエシンカでの出会いをきっかけに、今回のプロジェクトを進めてきた西野は、最後に会場にこう呼びかけました。
西野:地域発の新規事業の多くは、新商品開発が中心ですが、それだけでは事業として継続していくのは難しいのが実情です。「回 -gururi-」も最初から完成形を決めてからスタートしたわけではなく、専門領域に強く深く根ざした人たちが集まり、それぞれのストーリーが重なった結果が、ひとつの形になったものです。完成形ありきで作るのではなく、各領域に根ざしたパートナーとゼロから作り上げていくからこそ、質の高いアウトプットにつながるのだと学びになりました。
今後は「回 -gururi-」をプロダクトとして発展させることも大事ですが、それ以上に「これは”gururi”だね」と言われるような、考え方や価値観の基準になることを望んでいます。サーキュラーの発想は際限なく広がりますし、取り組むべき課題もたくさんあるので、私たちのコンセプトに共感し「一緒に挑戦したい」と思ってくださる方がいれば大歓迎です。「回 -gururi-」を通じて、日本の魅力を再発見できる未来を、皆さんと描いていければ嬉しいです。

当日の会場には、食や素材、環境問題などに関心を寄せるPALETTE会員が多く集まり、質疑応答やネットワーキングが熱気を帯びていました。専門分野は異なっていても、同じビジョンを共有する参加者同士が肩を並べる光景は、まさにPALETTEらしい越境的な場。完成したばかりの「回 -gururi-」を片手に、福島の味覚を味わいながら、専門性を超えた学びや気づきが自然と広がっていきました。
参加者からは「自分の専門領域だけでなく、プロダクト開発の一連の流れを知れたことが大きな刺激になった」との声も。企業としての関わりに限らず、個人同士の出会いからコラボレーションの種が芽生えていく、そんな縁の広がりを感じられるイベントでした。PALETTEで生まれたネットワークは、「回 -gururi-」の進化や新たな地域での取り組みへと、これからもつながっていくはずです。


