PALETTEを通じて地域の課題解決に挑むーー住友商事 武田光平
- MIRAI LAB PALETTE 運営事務局
- 5月22日
- 読了時間: 10分
更新日:5月27日

MIRAI LAB PALETTEは住友商事のオープンイノベーション拠点として、社内外のさまざまな人材が集い、新たな事業創出に取り組む場でもあります。
住友商事で航空SBU(strategic business unit)とBeyond MobilitySBUを兼務する武田光平は、このコミュニティを活用して千葉県勝浦市でドローン配送サービスを立ち上げました。さらに大型ドローンや空飛ぶクルマの機材を活用した支線(ミドルマイル)の物流効率化プロジェクト、貨客混載型のAIオンデマンド交通システムを実装するMile One Project(マイルワンプロジェクト)へと展開。地域の物流問題や移動・買い物難民などの課題解決に挑戦しています。
武田がどのようにMIRAI LAB PALETTEを活用し、プロジェクトを発展させてきたのか、その取り組みを取材しました。
「買い物難民」を救うためのドローン配送実験
――まずは武田さんがご所属されている部署と、今回のドローン配送サービスのプロジェクトについて教えていただけますか?

武田:私は航空SBUとBeyond MobilitySBUを兼務しています。航空SBUではドローンや空飛ぶクルマなどの次世代の空のMobilityによるビジネスの可能性を、Beyond MobilitySBUでは地域の移動や買物課題を解決する社会課題解決型ビジネスの可能性を探索しています。
今回お話しする勝浦市でのプロジェクトは、両部署の領域にまたがる取り組みでした。企画が立ち上がった2021年はコロナ禍であらゆるネットワーキングが難しい状況でしたが、MIRAI LAB PALETTE(以下、PALETTE)を活用して勝浦市の議員さんとつながり、地域の買い物難民対策としてドローン配送の実証実験を3年間行いました。
この実験から得た知見をもとに、現在は二つの方向に発展させています。一つは使用機材を小型ドローンから大型ドローンや空飛ぶクルマへと進化させた物流サービスで、もう一つは物の配送に人の移動を組合せ、貨客混載型で地域課題を解決するサービスです。この二つのプロジェクトのリーダーとして取り組んでいます。
――最初の勝浦市でのドローン配送実験はどのようにして始まったのでしょうか?
武田:航空SBUで新規事業の創出を目指す中で、私はドローン事業が地域の物流課題解決に貢献できると考え、実証実験の場を探していました。
コロナ禍でネットワーキングが限られる中、PALETTEが数少ない交流の場となっていました。そこでコミュニティマネージャーの鎌北さんに相談し、ドローン事業の構想についてプレゼンをさせていただく機会を得ました。その場で興味を示してくださったのが勝浦市議会議員の戸坂健一さんで、それがきっかけとなって勝浦市役所に提案を持ち込みました。


――議員さんや勝浦市とコミュニケーションを取る中で、プロジェクト実現の鍵となったポイントはありましたか?
武田:一番は熱意ですね。私が社会課題を解決するビジネスを作りたいという熱意と、地域課題を何とかしたい、新しいものを使って町を活性化させたいという戸坂さんの思いがうまく混ざり合った結果、実証実験を実現することができました。
ただ、トントン拍子で進んだわけではありません。行政を巻き込むのは簡単ではなく、市役所の担当課、副市長、市長、町おこしを担っている方々や商店街、商工会、地域の大学などにも構想を説明して、皆様のご了解を得て進めました。
最終的に実証実験の実施が決まるまでには3〜6ヶ月ほどかかりましたが、足しげく勝浦に通い、最後は市長に納得いただくプレゼンを町の方と一緒にして、2022年2月に実証実験を開始できました。
ドローン配送から広がる地域課題解決の可能性
――地元の方々からはどのような反応がありましたか?
武田:未来志向の取り組みとして評価いただいたり、買い物の配達サービスが嬉しいという声もありました。特にお弁当の配達は、フードデリバリーサービスのない地域では好評でした。子どもたちからは「ドローンがかっこいい」という声もありました。
ただ、実際に始めてみると多くの課題も見えてきました。ドローンだけでなく市街地ではトラックを使うという組み合わせで行ったのですが、決済方法や保冷剤の扱いなど細かな課題がたくさん出てきました。ドローンの停止場所の確保や関係者の了解を得るなど、住民への説明会も何度も開く必要がありました。そういった課題を一つ一つ乗り越えていった経験や知見は、後のプロジェクトにも活かされています。
――このプロジェクトはその後どのように展開していったのでしょうか?
武田:私たちが伴走支援したのは2024年3月までで、その後は勝浦市が独自で運営する形になりました。この勝浦市での実装をもってプロジェクトは完了しましたが、そこで得た知見をもとに二つの新たなプロジェクトを創出しました。
一つ目は大型ドローンや空飛ぶクルマを活用した物流効率化プロジェクトです。2023年度に勝浦市でのラストワンマイルの実証を行いながら、並行してミドルマイル物流についても検討を進めていました。遠方の赤字路線は空輸で代替し、トラックは中心地を回るという効率的な物流の可能性を追求するものです。
物流大手のセイノーホールディングスからの協力によって得たデータで試算すると、大型ドローンを活用した場合、千葉県南部のエリアで年間1億2800万円のコストメリットが得られることがわかりました。これをベースに、2025年2月には空飛ぶクルマを想定したヘリコプターでの実証実験を実施しました。

――セイノーホールディングスとの取り組みはその後どのように進んでいますか?
武田:プロジェクトは継続中で、ヘリコプターでの検証結果をもとに事業構想をブラッシュアップしているところです。物流課題を抱える他の物流事業者様とも共創していきたいと考えています。
また、実証実験では防災・災害対応での空を活用した物資輸送も行い、千葉県や鴨川市から高い評価をいただきました。今後は平時の物流と有事の災害対応を組み合わせたモデルを検討していく予定です。
地域を繋ぐモビリティの未来:"Mile One Project(マイルワンプロジェクト)"
――勝浦市での経験から生まれた二つ目のプロジェクトについても教えていただけますか?
武田:勝浦市でのプロジェクトを通じて、買い物難民だけでなく、移動の課題や医療を受けられない人の課題も多くあることがわかりました。そこで「Mile One Project(マイルワンプロジェクト)」を立ち上げました。
このプロジェクトでは、交通空白地域などで乗り合い型の交通システムを構築し、AIオンデマンドで乗客の注文に応じて効率的なルートを作成して送迎します。さらに、車両の空き時間や空きスペースを活用した貨客混載の仕組みでお客様に物を届けるという取り組みです。勝浦での経験から生まれたこの構想を全国に広げていくために、MIRAI LAB PALETTEを活用して自治体とのネットワーキングを進めています。
現在は山形県内の地域スーパーと連携して実証実験を行っており、今後さらに自治体との実証実験も予定しています。

――テクノロジーによる地域課題解決の可能性について、武田さんはどのようにお考えですか?
武田:既存のテクノロジーにより相当効率的な社会インフラが構築されてきたものの、地域では買い物難民の増加や人の移動困難化など様々な課題が生じています。これらを解決するには新しい技術を導入し、新しい仕組みも並行して取り入れていく必要があると考えています。
イノベーションを育むMIRAI LAB PALETTEの活用法
――勝浦市から始まったプロジェクトはPALETTEが起点になっていたんですね。武田さんはPALETTEをどのように活用されているのでしょうか?
武田:私は外に出るのが好きで、新しい人との出会いを大切にしているので、MIRAI LAB PALETTEを積極的に活用してきました。アイデアが浮かばないときに気分を変えるためにテレワークが浸透していない時期から利用していましたし、PALETTE ACTION(住友商事の社外の方と一緒に事業開発プロジェクトを進める取り組み)にも参加して、福島県浪江町の復興プロジェクトなどにも関わりました。
オープンイノベーションの場として社外の方と連携して何かをやろうというプロジェクトに参加したり、鎌北さんを通じたネットワーキングや個別のアプローチをしたりしながら活用していました。
――勝浦市の事例以外にも、MIRAI LAB PALETTEのネットワークを活用されていますか?
武田:現在は主にMile One Projectの方で基礎自治体様とのネットワーキングに利用させていただいています。
また、自分がお客様とPALETTEをつなぐことも積極的に行っています。私だけが活用するのではなく、お客様をつなぎ共創が生まれやすい環境を構築することで、PALETTEが更に良い場所になればと思っています。
――MIRAI LAB PALETTEに集まる自治体の方々についてはどのような印象をお持ちですか?
武田:アクティブに自分から発信する方がPALETTEには多いので、前のめりに話を聞き、そこから打ち合わせにつながりやすいと感じています。それはとてもポジティブな点だと思っています。
――チームとしてはどのようにMIRAI LAB PALETTEを活用されていますか?
武田:アイデアを出すときに場所を変えてみようということでMIRAI LAB PALETTEに行ってみたり、新しいことを考えたいお客様との打ち合わせに活用したりしています。チームメンバーからは「気分転換して新しい発想ができる」という声をもらっています。
また、会社がオープンイノベーション施設を持っているということ自体が大きな意味を持っていて、チームメンバーやプロジェクトメンバーを連れていってそこで会話をすることで、イノベーションの意識を醸成する効果があると感じています。個人ではなく組織としてイノベーションの意識を高められる点は良いポイントだと思います。
――今後のMIRAI LAB PALETTEの活用についてはどのようにお考えですか?
武田:発信の場としてもっと活用していきたいと考えています。私が推進している2つのプロジェクトは、どちらも新しい取り組みなので多くの人の理解を得ることが必要です。そのための発信の場として、MIRAI LAB PALETTE、さらには他のインキュベーション施設とも連携した場を活用していければと思っています。
――最後に、これまでのプロジェクトを振り返って感じることを教えてください。
武田:地域の方々と会話をして事業を進める経験から得た知見は、現在取り組んでいるプロジェクトにも大いに役立っています。特に大切にしているのは、熱意を持って軸をぶらさずに話していくことと、その軸以外の部分については相手と対話して柔軟に解決策を見つけていくことのバランスです。
また、何のためにこの事業をやっているかという原点を忘れないことも重要です。会社や自分の利益だけでなく、地域が困っていることを解決したいという想いがあってこそ、多くの方の理解を得られるのだと思います。
住友商事として勝浦市でプレゼンスを発揮できたことが評価され、その後のセイノーホールディングスとの取り組みにもつながりました。新たな発想やネットワークを広げる場としてのMIRAI LAB PALETTEの価値は、今後も私たちのプロジェクトの発展に欠かせない存在になると思います。

勝浦市議会議員の戸坂健一さんからのコメント
勝浦市における実装実験、大変お疲れ様でした。
ご紹介にあった通り、武田さんとはMIRAI LAB PALETTEでの交流会を通して繋がり、さまざまな意見交換を行う中で、当該事業が勝浦市の活性化に繋がるものと確信し、当時の市長始め市執行部へ紹介をさせて頂きました。
勝浦市はもちろん、日本の地方都市が抱える共通の課題として、人口減に伴う地元経済の弱体化、高齢化に伴う買い物弱者対策、そして地域における物流・交通課題の解決等があります。
記事にある2つの事業は、地方が抱えるさまざまな課題を解決しうる新しい取り組みとして大きな可能性を秘めています。まだまだ課題や困難もあろうかと思いますが、地方の課題解決には皆さんの様な先進企業の知見や技術が必要不可欠です。未来を信じ、失敗を恐れず、引き続き地方活性化に向けた積極的な取り組みを期待します。
皆さんのご活躍を心から祈っております。