コミュニティから生まれた世界的アートビジネスーーMIRAI LAB PALETTEがつないだGAAAT徳橋佑輔氏の挑戦
- MIRAI LAB PALETTE 運営事務局
- 6月25日
- 読了時間: 9分

デジタル技術への純粋な興味から始まり、今では世界7都市でアートギャラリーを展開するGAAAT(ガート)。代表取締役の徳橋佑輔さんは、MIRAI LAB PALETTE(以下、PALETTE)で趣味として始めた活動を、約5年間で世界的なアートビジネスへと成長させました。
さらに現在は、福島県浪江町の伝統工芸復興プロジェクトに取り組み、アートの力で地域創生にも貢献しています。一人の起業家の成長にPALETTEがどのように寄与したのか、その軌跡を追いました。
「NFT部」から始まった物語
ーーまず、GAAATがどのような会社か教えていただけますか。
徳橋さん:デジタルアートを中心にアートの制作・企画・展開をグローバルに行っています。当初はNFTアート※がきっかけでしたが、現在はデジタルアート全般、さらに日本のIPコンテンツとアートを融合させた事業展開をしています。2021年10月に設立した当初の社名はRaptors(ラプターズ)でしたが、2025年4月に社名をGAAATに変更しました。

ーーPALETTEとの出会いはどのようなものでしたか。
徳橋さん:私自身はIT業界の出身で5Gやブロックチェーンなど、新しい技術を活用した事業開発に従事していました。2021年頃、世界的にNFTが盛り上がっていた時期に、「日本でNFTに詳しい人がPALETTEに集まっている」という話をコミュニティ内で聞きました。そこから紹介を受けて、PALETTE内のサークルコミュニティである「PALETTE NFT部」に参加することになったのが最初ですね。
※NFT…「Non-Fungible Token」の略で、ブロックチェーン技術を使ってデジタルデータに「唯一無二の証明書」を付ける仕組み。これにより、コピーが容易なデジタルアートにも希少性が生まれ、高額で取引されるようになった。2021年頃から世界的に注目を集め、デジタルアートの新しい売買形態として話題となった
ーーNFT部とはどのような組織だったのでしょうか。
鎌北(PALETTEコミュニティマネージャー):PALETTE NFT部は、PALETTEメンバーであるSBINFTの北原 弘司さんと連携して立ち上げたコミュニティです。コロナ禍だった頃にNFTに関するオンラインイベントをPALETTEで開催したところ、100人以上が参加するほどの反響がありました。その後、定期的に集まろうということになり、PALETTEのミーティングルーム「base01」を部室としてオープンすることに決めました。当時はコロナ禍で、コミュニティのあり方も問われていた時期でしたので、エッジの立った挑戦をするという意味合いもありました。
このコミュニティのユニークな点は誰でも入れるわけではなく、北原さんとPALETTEが承認した人だけが参加できる仕組みだったことです。最終的に約40人の精鋭メンバーが集まり、「NFTのコミュニティといえばPALETTE」と言われるほどの求心力を持つコミュニティに成長しました。
徳橋さん:当時のNFT部は、まだビジネスというより趣味に近い、新しい技術が好きな人たちの集まりでした。学校でいえば、サッカーとか野球のようなメジャーな部活ではなく、少しニッチな部活のような雰囲気でしたね(笑)
ーーNFT部ではどのような活動が行われていたのですか。
徳橋さん:物理的な場所があることが大きな価値でした。それぞれが自分の活動をしながら、隣で話をするうちに「一緒に何かやろう」という話が生まれる。創業を考えている人が相談したり、インフルエンサーが情報発信の拠点にしたりしていました。
鎌北:NFT部メンバー同士の協業だけでなく、PALETTEの他のメンバーからNFTに関する相談を受けることも多く、北原さんが適切な人材をマッチングする役割も果たしていました。また、SUSHI TOP MARKETING社とPALETTEがコラボし、2次元バーコード入りのガチャが買える「NFT自販機」の設置など実験的な取り組みも行い、コミュニティ起点でさまざまな発信をしていました。
徳橋さん:小さなコラボレーションが無数に生まれていましたよね。トップダウンではなく、ボトムアップで自由に活動しているのが特徴でした。しかも、大手町の一等地に無料で使える場所があることで、自然と人が集まり、化学反応が起きていました。
デジタルアートに「物質性」を与える挑戦

ーーデジタルアートの現物化というビジネスを始めた理由は?
徳橋さん:私はNFTコレクターとして、世界中のデジタルアーティストの作品を購入していました。中には数十万、数百万円の作品もありました。しかし、データとして保有することに物足りなさを感じていたんですよね。高額な作品でも、結局はパソコンやスマホの画面で見るだけ。やはり物として存在した方が、作品の価値を実感できると考えました。
最初は自分のために始めました。ただの印刷では安っぽくなってしまうので、特殊な技術を探しました。そして見つけたのが、高級ホテルのエレベーターの装飾に使われている加工技術です。これを応用し、金属製のキャンバスに2.5次元の立体表現を施す独自の手法を開発し、NFTアートを現物に変換する活動を趣味で行うようになりました。

ーーその作品をPALETTEで展示することになった経緯は?
徳橋さん:自分のコレクションを原宿で展示する機会を得て、たくさんの方に足を運んで頂けたのですが、展示会後にせっかく現物化した作品を倉庫に保管することになってしまい、もったいないと感じていました。大切な作品を日の当たらない場所に置いておくのは忍びないと感じていたんです。
そんな時、PALETTEのコミュニティマネージャーの鎌北さんに相談したところ、即座に「PALETTEのhubで展示しましょう」と快諾してくれました。わずか1~2週間後には展示が始まりました。当時はまだ会社も設立しておらず、純粋に趣味として活動していた時期でした。
鎌北:その当時、ちょうどhubのギャラリースペースが空いていたんですね。そこに徳橋さんの「作品を多くの人に見てもらいたい」という純粋な思いが重なり、即決での展示実現につながりました。
徳橋さん:その時は展示の仕方もよくわからず、全てが手探りでしたね。「壁に穴は開けられないけど、どうやって展示しよう…」「レールを使って吊るせば大丈夫らしいよ!」みたいな会話をして、近くのホームセンターに備品を買いに駆け込んだりして(笑)


テストマーケティングの場としてのPALETTE
ーー実際に展示を始めて、どのような反響がありましたか。
徳橋さん:最初は「これは何?」という質問ばかりでした。NFTを知らない方がほとんどでしたから、技術の説明から始める必要がありました。デジタルデータが唯一無二であることを証明する仕組みと、それを金属で現物化した作品であることを、繰り返し説明しました。
興味深かったのは、アート市場の特殊性を実感できたことです。同じ作品でも「1万円は高い」という人もいれば、「300万円で買いたい」という人もいる。一般的な商品とは異なり、アートには価格の基準がない。これはビジネスとして大きな可能性があると感じました。
ーーPALETTEという場所の価値をどう感じましたか。
徳橋さん:大手町という最良のロケーションにあって、チャレンジを後押しする文化と良質なコミュニティ、居心地のいい内装と雰囲気ーーいずれにおいても、恵まれた環境があったからこそ、ここまで来れたのだと思います。法人化して資金調達する際にも、シンガポール、香港、上海、アメリカなど世界中のVCがPALETTEまで足を運んでくれました。この場所で作品を見せ、プレゼンテーションを行ったことで資金調達につながりました。
アートの価値は、作品そのものだけでなく、展示環境や背景のストーリーによって大きく左右されます。同じ作品でも、展示場所によって評価は全く異なります。美しい空間で鑑賞できることの価値は計り知れません。
住友商事との連携が生んだ新たな展開
ーー住友商事が福島県浪江町で実施しているアクセラレーションプログラムにも参加されたそうですね。どういったきっかけだったのでしょうか?
徳橋さん:鎌北さんから「浪江町で起業や新規事業を支援するプログラムがあるので、応募してみませんか」という連絡をいただきました。正直、最初は浪江で何ができるか分かりませんでしたが、信頼する鎌北さんからの提案だったので、2日後には申し込みを完了しました。
現地を訪れ、震災後たった一人で大堀相馬焼を守り続けている陶芸家の方と出会いました。原発事故で無人となった町で、ただ一人戻って焼き物を作り続けているーーそのストーリーに強いアート性を感じ、コラボレーション作品の制作を決めました。
ーー具体的にはどのような展開をされているのですか。
徳橋さん:今後、アニメ「マクロス」や「BLEACH」とコラボレーションした大堀相馬焼の作品展示と販売が順次始まります。日本の伝統工芸技術とIPコンテンツを融合させ、海外市場に展開していきます。
重要なのは、一過性の支援ではなく、持続可能なビジネスモデルを構築することです。作品の売上をきちんと還元し、次の制作につなげる。互いにビジネスパートナーとして対等に、世界市場に挑戦する関係性を築いています。
PALETTEが生み出す「実験」と「成長」の機会
ーーこれまで約5年間PALETTEで活動されて、どのような成果がありましたか。

徳橋さん:この5年間で50作品以上を展示しました。趣味で始めた活動が、今では表参道にギャラリーを構え、大阪、ニューヨーク、ロサンゼルス、シアトル、シンガポール、香港と、世界7都市で展開する事業に成長しました。
間違いなく、PALETTEがなければ今の事業は存在しませんでした。起業の意思もなかった私が、ここでテストマーケティングを行い、人々の反応を観察し、ビジネスの可能性を発見できました。
鎌北:徳橋さんの活動は、すごくPALETTEらしい例だと思います。純粋な思いから始まったものが、いろんな人に見てもらううちにビジネスになり、スタートアップとして成長していきました。2025年秋ごろを目処に、hubのギャラリーは、また新しいチャレンジの場としてリニューアルする予定です。徳橋さんのようなロールモデルができたことで、今後はチャレンジショールームとして、より多くのメンバーに機会を提供していきたい考えています。
キャプション:PALETTEが無かったら起業していなかったと語る徳橋さん。これまでGAAATの作品を5年に渡って展示していたギャラリースペースは、今秋からさまざまなアーティストやプロジェクトの展示も予定している。
ーーこれからPALETTEを活用する人たちへのメッセージをお願いします。
徳橋さん:何がきっかけで、どのような展開になるかは本当に予測できません。少しでも興味があることがあれば、まず行動してみることが大切です。そして、頼れる人には積極的に相談することをお勧めします。
PALETTEにはそうしたチャンスが豊富にあります。失敗を恐れるより、興味を持ったことに挑戦することが重要です。私も最初は、自分の作品を飾りたいという単純な思いから始まりました。
「趣味から始めたことが、世界的なビジネスになった」ー 徳橋さんの5年間は、まさにPALETTEが目指す価値を体現しています。物理的な場所の提供にとどまらず、コミュニティでの出会い、テストマーケティングの機会、そして住友商事と連携した事業展開まで発展したことは、PALETTEとしても貴重な経験となりました。
PALETTEは、情熱を持った個人が「やってみる」ことを全力でサポートし、その小さな一歩を世界へ羽ばたく事業へと育てる場所です。徳橋さんとPALETTEの関係は、これからも新たな挑戦者たちにとって、最良のロールモデルとなるでしょう。